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How to 生き方
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久しぶりのログイン。


ツツジの季節でマゼンタ―天上の愛―の季節到来。

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わかります?この花の中のミツバチの姿・・・。






大きな災害があってから、あまりにめまぐるしく世界が変わるので、

変化に追いつくのが精一杯で、頭の中が考え事でいっぱいになりすぎて、

何を書いたらいいのやら・・・・・。

またまた考える。


毎日あまりにたくさんの夢を見すぎて、メッセージとやらもどれが本物なのか、私の妄想なのか・・・

わからなくなってしまった。


でもでも、ただひとつ言えることがあって、

三度の飯より大好きな、沈む夕日を見ながら書く。



災害で尊い命が失われるのは本当につらい。

でも自殺で死ぬのはもっとつらい。

死ぬ人は死んでしまうが、残る人は本当につらい。

生きている、残された人々は、自分のふがいなさ、足りなかった努力を無実の罪として背負うことになる。

本人にその意図はなくても、結果はそうなる。

悩んでいる人間に、人のことも考えるというのは難しいかもしれない。

でも少なからずも、周囲に大切な家族や友人がいる人は、一旦思い起こしてみて欲しい。

そして、愚痴でも、弱さでもいいから、誰かに相談して欲しい。

ちゃんと面と向かって。

独り言ではいけない。

メールは独り言のようなもの。

誰かの手のぬくもりを感じて欲しい。

そこには死とは対極にある、血の通った生命があるのだから。


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つらくても大丈夫。

悲しくても大丈夫。

それはずっとは続かないから。

涙も涸れ果てるときが来る。

だから大丈夫。

相談しよう。

ね。
 

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今日は休日として1日仕事らしいことは、全くしませんでした。

ビーズでめがねチェーンをつくりました。

無心にやっていると何か瞑想のような・・・。100904_231117.jpg

あるいは何も考えない時間ができたことがよかったのか・・・。

仕事が忙しいわけでなくても気持ちが休めない。

ついつい仕事に関係することをしてしまう。

休みのようなつもりでも、ちゃんと休んでいないことになりますよね。

休むって大切なんですね。

休みの取り方が上手な人は「生き上手」ですね。

人には「好きなことを仕事にしてるんだから・・・」といわれるけれど、

どんなに好きなことでも、楽しいことでも仕事になるとそれなりに苦しかったり疲れたり。

だから週に1度は自分のしたいこと、つまりいつもと違うことをすることが必要ですね。

これをすることによって、苦しいことでも長く続けられるのかもしれません。

最近のビールのCMに、「1週間頑張ったのだから1本!」というのがありますが、

苦しみがあって初めて喜びを感じることができる。

緊張があって弛緩がある。このメリハリが必要なのでしょう。

楽しみばかりの人生も、苦しみばかりの人生もメリハリがあってこそのものでしょうね。

苦しいことをしているわけではないのに、物足りない、苦しい、悩むというときは、

かえって自分を忙しくして、考える暇もないほど苦しいー。疲れるぅ。ということをしてみると、

案外体を休めたり、楽しみを感じることができる時間を作り出すことが出来るのかもしれません。
やっと少し荷物の整理が進み、ブログを書く余力がでてきました。

方違えの為の規則的な毎朝の自転車が、とてもいい効力を発揮しているようです。

これも方位取りの効果でしょうか。

今まで公園のすぐそばに住んでいても表に出ず、何の為に良い環境に住んでいるのかわかりませんね。

家に閉じこもっていると、気力ともにダウンしてきます。五黄殺の恐ろしいところです。

今では毎日通る夜の幹線道路にも、闇の中に渦巻く、沢山の人々の人生を感じ、

すがすがしい朝の川沿いの道では、気づかなかった町の美しさ、春の匂い、鳥の声など、

東京の街中なのにエネルギーをもらえます。1b9ba8b1.jpeg

そんな中で、沢山の気づきがありました。

書く暇もなく、もったいないことをしました。







私のクラスにいらっしゃる方々は、30代の方が多いのですが、

自分が30代の時に先々のことをアドバイスしてもらえていたら・・・

と思うので、何か参考にして下されば幸いです。


「今思うこと」

自分がもっとたくさんのもの、ことを失ったとき、何ができるのか、したいのか。


年齢を重ねると、ものの見方がずいぶん変わるのだということ。

体も心も変わっていきます。

今まで出来ていた事が、出来なくなったり、しにくくなったりします。

そして若い頃には考えもしなかったことが次々とやってきます。

今、世の中は再編成の真っ只中。

今までこうだった
 が変わろうとしています。

そんなときに人生の変化の時を迎えるなんて・・・。

でも仕方ありません。

最も平和で、良い時を過ごしてきた年代なのですから。

そこで、今するべきことは、先を行く人々をよく見、聞き、今備えることでしょうね。

今まで自分より年配の人の生き方など、気にもならなかったのですが、

最近良い手本があるのだと、先人のお話を熱心に聴き、見せて頂いています。


私は火星がルミナリーズと相性がよく、比較的機能している方だと思います。

けれどひとつ大切なことは、9で生きていないと前へ進めないということに気がつきました。

どういうことかというと、10で完成してしまうと、モチベーションがあがらず、

のほほんと生きてしまい、挙句にどこへどう進んだらいいのかわからなくなってしまいます。

今まで、まがりなりにも欲しいものを手にしてきたのは、この手にないものがあったからに他なりません。

もちろん人それぞれですので、これは自分に関してのこと。

今より少しでもより良く、そして欲しいものがある。

これ、大切です。

あれしたい、これしたい、あれ食べたい等々・・・欲のあるうちは前へ進む原動力となるようです。

自分の思い描いたものが手に入ってしまうと、始めはうれしくても、だんだんと気力が衰えてきてしまいます。

だから9(完成の一歩手前に置いておくと、私にはやる気が起きて来るようです)

じゃいつまでも望む生活にならないのでは?

それはまだもう少し先でいいということなのでしょう。

十分でないということは不幸なことのようだけれど、

まだああしたい、こうしたいとどんどん思いを募らせる方が、人生活気があっていいのかもしれません。

欲を持つということは、希望につながるのだと思います。

人間にとって一番不幸なことは、絶望なのですから。
最近婚活ブームとやらで、結婚したいのに出来ない男女が話題になっていました。結婚したくないわけではないが出会いがない、合う人がいないなどという理由が多いらしいです。
あるニュース番組の中で、アラサーやアラフォーといった人々にインタビューしていたら、男女共に求めるものは安心感だという。女性の安心感は多分に経済的、社会的であり、男性は健康不安や寂しさというところでしょうか。

インタビュアーは個人的感想ながらと前置きして、「表向きは出会いを求めているけれど、多くはまず相手に条件をつけている。結婚にはその前に愛が必要なのでは」と言っていました。愛が先にあれば、条件はその後についてくるものだと。
そう愛が先にあれば許せることも、条件が先に来ると許せない、なかなか相手にめぐり合えない人が多くなるのは道理ですね。愛さえあればの時代ではなく、条件さえ合えばの時代は、遠い昔のお見合い結婚と同じです。

結局出会いを求めてまずは条件チェックなどという方法は、なかなか結婚に結びつく可能性は少ないですね。経験上・・・。よっぽど割り切って考えられれば別だけれど・・・。
愛のない相手に結婚という2文字がつけば、点数が辛くなっても仕方がないのです。

例えば経済力はないけれど、夢と希望に燃えて、自分に時間を費やすナルシスト、だけど癒し系のイケメンの草食系男子と、外見はさえない上に、センスは最低、ヒールを履くこともあきらめなければならないけれど、何がしかの特殊技能の持ち主で、経済力はある肉食系男子と婚活会場で同時に出会ったら・・などと考えるだけで混乱してしまう。
結局、帯に短し襷に長しで、「良かったんだけどねー、ちょっとねー」などといって出会いを逃すことになるのですね。

相手に求めているものは、条件であり愛ではない。これはなかなか出会うのは難しいですね。なぜならば、条件が合えばと言いながら、本当は愛を求めている人、多いのではないですか?条件も良くて愛が芽生えそうなタイプは、数少ないですね。残りの中には・・・。
ちょうどいい丈のものはすでに売れているわけです。

それでもなんとか残りわずかの中から見つけるとしたら、長いか短いかなんて言っているときではない!!?。

そこで条件を出来うる限りカットして、一番捨てられない条件のみに絞り込むところは、無謀な家探しと似ている気がします。駅近で、1LDK、オートロックで上層階、日当たり風通し良く、風呂トイレ別、青山の新築7万円物件を探している。(官僚用物件ならありえそうだけれど・・・)

こんな無謀な婚活に、お金とエネルギーを裂いているのなら、同じような棘の道を歩いてきた者としてアドバイスできるかもしれないと思うのです。

結婚したいのなら、まずは自分自身を見直すこと。「自分は本当に結婚したいのだろうか、本当は自由を求めているのではないか。」・・・と。
本当に結婚したいのなら、自分の半分を明け渡す覚悟をすることです。できますでしょうか?あれも捨てられない、これも好きでは一生結婚は難しい。

それが難しい人は、自由を選んで孤独に耐える術を身につける努力をした方がいいかもしれない。ちょっと寂しいけれど、今は満足。でも今後を考えると・・・と思っている人は、本当は結婚などしたくないのかもしれません。それに気づけば今婚活にお金とエネルギーを使うより、来るべき40代、50代を生き抜くために、自分磨きに励んだ方がベターですね。
でももうひとつ付け加えると、50代に突入すると誰でもいいからそばにいて欲しいなんて思うのかもしれません・・・。

占星学的には、土星の働きが太陽や月とシビアな関係にある人は、人生の後半にその結果を受け取ることになることが多いので、この頃に若いときに訪れなかった様々な人生の変化を受け取る可能性がありますね。結婚も遅い方がいいかもしれません。色々わかってきた時がそのときなのですね。
 
次回はマゼンタの重すぎる愛・・・。08-08-19_06-54.jpg

桜の季節も終わり、井の頭公園も少し落ち着きをとりもどしました。家の前の金木犀の木が、おもいっきり剪定されてしまってかわいそうなくらい丸裸にみえます。なんでこんなにしちゃったかなーと不思議に思っていましたが、レオンと一緒にじっと見ていたら、小さな若い芽がたくさんでていました。
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この木は古いけれど、今度の芽は新しく始まるのですね。古い体からでもいくらでも生まれ変わる、再生するということですね。私たちの魂の旅は終わりのない旅と言われています。魂が磨ききれるまで、その旅は続くのですね。そして古い魂といわれている魂があります。何度も転生を繰り返し、学び続けている魂です。1度生まれ変わる度に新しい経験を積むのですが、その魂の本質はまったく変わってしまうのではなく、新たな再生をしている感じでしょうか。まるでこの木のように、木の本質は変わらずに、何度も新しい人生―再生を繰り返しているような存在です。
だから私たちは古くなっているのではなく、いつでも新しく生まれ変わる可能性を秘めた存在なのですね。秋になって自発的にその葉を落とせば、新しく芽生えることができるけれど、それが出来ずに苦しみのままに手放せずにいると、この木の様に外の力によって、その葉を落とさざるを得ないことがおきるのかもしれません。
今世界は100年に一度といわれている時間を生きています。何か変化が訪れた人々もたくさんいるでしょう。でも変化のときは新しく再生する前触れなのかもしれません。
そう思って今やろうとしていることが、この先の素晴らしい展開につながることを信頼しましょう。ね!
 

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オーラソーマティチャーとして長年癒しの仕事に携わり、多くの生徒さん、クライエントの方々と沢山の貴重なシェアと重ねてきました。1歳になったヒマラヤンのLucaの1日も。残された人生を少しでも楽しく送れたらと日々願っております。吉祥寺井の頭公園1分のサロンです。心のやり場に困ったらいつでもご相談下さい。
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